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午前中・・・。 聞いてみたいことがあって 区役所に電話したら 「来てください」と。 書類を揃え 行ったんだけど・・・ 職員さんの対応は 事務的で冷たく思えた。 申請したいことは「できません」としか。 他にどんな方法があるのか尋ねても・・・ 「ここでは 何もできません。福祉課へ行ってください」 と・・・。 思わず・・・「冷たいんですね。」と。 「それは、知りません。」と。 「判りました。貴方のお名前を教えてください。 正直 死にたい気持ちになってきました。」とまで 言ってしまった。 職員の男性の方は 大慌てされた・・・。 「それは・・・」とだけ 言い・・・席を立たれた。 係長と名乗る 女性の方が来られた。 丁寧な説明・・・。やさしい口調だけど・・・ 言われることは同じ。 涙がボロボロこぼれ始めた・・・。 「大丈夫ですか?福祉課に いっしょに行きましょうか?」と やさしく 言ってくださった。 泣きながら うなづいた。 涙が止まらなかった。 実は KEN姉が産まれてから・・・籍を入れてから・・・ ずっと 経済的に悩んできた。 収入がない・・・なんて月もあったのが事実。 けんたが産まれてから・・・ 国保 国民年金・・・光熱費、督促状ばかりの日々が、あった。 「働きたい」・・・ずっと 焦ってた。 そんな中での けんたの障害告知・・・。 いろんな面での 将来への不安が押し寄せた。 やりくりするしかない・・・。 誰にも 頼れない・・・。 自分を奮い立たせながら 生きてきた。 療育所に入って・・・特別児童手当ての給付。 すごく助かった。 でも・・・園長から 感覚統合セッションを薦められる。 4日間で6万円・・・。 最初は 断った。 そしたら・・・ 療育中に けんた一人 車で連れ出され・・・ スポーツセンターで お偉い先生がセッション。 けんたは 園に帰って 担任の先生の顔を見たとたん 大泣きしたらしい。 ・・・なんと ひどいこと・・・。 園長いわく 「セッションに来ないから」 こんなこと 続けられては辛い・・・。 次のセッションから 参加することにした。 KENパパは もちろん いい顔をしてなかった。 KENパパを責めることは出来ない。 家業を継いで、従業員さんの給料やボーナス 売り上げ赤字の月でも 払わなければならなかった。 その分 中央市場の義兄の店で 早朝からバイトし始めた。 早朝から夜まで 働くKENパパの身体が心配で 経済的なことで追い詰めたら 壊れそうな気がしてた。 お金は 特別児童手当てから・・・。 どんどん、無くなっていった。 それからも・・・ずっと ずっと・・・続く 経済的な悩み。 誰に相談することも出来ないまま・・・ 時間ばかりが流れてた。 誰に頼ればいいの? 国保の減額申請をする度 役所では嫌味を言われてた・・・。 何度か、家に帰って悔し泣きした。 誰も 信じられなくて 誰にも すがれなくて・・・。 誰にも言えなくて。 自分が強くなるしかない・・・。 そんな日々が 17年も続いたら・・・。 心が壊れます。 いつ いくらのお金をもらえるのか・・・ わからなかったら・・・見通しもたたなく・・・ 不安にもなるし 泣きたくもなるし・・・ 自暴自棄にもなるし・・・。 「私が働かなければいけない」 その気持ちは 胸のどこかにいつもあり・・・ KEN姉が産まれた後、 「お金が払えないなら 働いて!」・・・と 言われたことも 胸の奥をいつも刺す。 これが・・・KENママの現実なんです。 今日は 17年分の涙を流しました。 福祉課の方と 話しをし・・・ 何か 解決したってワケでは ないけど・・・ 少し やらなけらばいけないことは見えたし 本音を言えたことで すっきりもした。 ・・・また ガンバロウ って 思えた。 もう 死にたい とは 思わない。。。 子どもたちには 笑顔でいてほしいから・・・。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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KENママさま、こんにちは。 |
冬の人 2009/01/14 21:50 |
冬の人さん☆ |
KENママ 2009/01/15 10:04 |
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